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2018-02-06

止まるインターネット:みなぎる解放感

こんにちは。おやすみなさい。
LRです。

こないだ、ネット回線の契約を切り替える関係で、数日ネット(パソコンの方)が止まってました。

仕事もプライベートも大体音楽かインターネットと繋がっているので、これは由々しき事態です。

「ちゃんと生きていけるかな」って思ったんだけど、驚くべき感情をもたらしてくれたので書きます。

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インターネットが止まった10年前

もう10年も前だけど、同じくネットを契約してなかった時があります。

確か安倍首相が腹痛で辞任した時で、インターネットがなく、テレビもなく、固定電話もなく、持っているのはガラケーでした。(スマホデビューも遅かった)

音楽に集中したかったので1-2年ずっとネットを繋いでなくて、安倍首相の辞任も1週間知らなくて、友達に言われて気づいたぐらいです。

そんな生活も今思えば意外と快適で、ご飯食べるか本読むか、音楽するかぐらいの選択肢しかなくて、物欲もギター関係以外はないし。

そういう情報を制限した感じって、人生で集中できるものが見えやすくなるので、いいと思うんですよね。

それで、今回止まった時、その時のことを思い出しました。

鎖から外れたような解放感

を感じたんです。

「あ、もうSNSを見ることもないんだ」
「誰かに見られることもないんだ」
「ネット回線から切り離されたんだ」

最初は、そんな解放感を感じるとは、一切思っていませんでした。
インターネットもパソコンも好きだし、何だかんだ付き合いかなり長いし、スマホもよく見ているし。

それでも解放感があったこと、これが何を表しているかって、「ネット社会によって、無意識が常に束縛されている」ってことだと思うんですよね。

普段気づいてない『無意識下の束縛感』が、ネットが止まることによって表面化したってことです。

インターネット、特にSNSの相互監視や、人の目を気にしすぎてしまうこと、インスタ映えとか、
いろいろ言われているけれど、ひとくくりに言えば束縛されているのだと思います。

僕はバンドとかやってたくせに監視されることにはめちゃくちゃ弱くって、普段は携帯電話の電源も切っていて、解約したいぐらいなんですが、
そこまでじゃなくても、ネットで見られるということは、無意識に束縛、ストレスを与えているのではないかなと感じました。

毎日息の詰まる空間にいるのなら、たまには全部断って、解放されてみるのも良い方法と思います。

「たまに脱デジタル」な感じは、いずれ生活に取り入れていきたいなと思っています。

LRでした。おやすみなさい。

Digiprove sealCopyright secured by Digiprove © 2018 LR

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