人間は年を取らない:老化対策ロジック

こんにちは。おやすみなさい。
LRです。

何かもっとバリバリ書こうと思ってたのに、いつの間にか時間が少し空いちゃったみたいです。

最近はあれをやってました。あれ。なんだっけ。年かな。

あ、そうです、日本酒を飲んでました。

何か落ち込むことがあって、日本酒でヨレヨレになりながら即興作曲で一発録りしてみたりして、出来た音源がコレと、

コレです。

曲を作りはじめた当初から、この歌詞なし即興はやっていたんですけど、久々にこの形で録った気がしないでもありません。

この方向性は個人的な目標(空の世界の外側を見ること)と合致するので、今後も追求してみたいです。

……すみません、話がそれました。

「タイトル詐欺じゃねえかっ!」って思った人ごめんなさい、これから書くのでゆるしてください。

今日は「人間は年を取らない」って話をします。

人間は年を取らない:老化対策ロジックというタイトルで、老化対策に絡めて書いてみたいと思います。

人間の老化とは何か

年を取らない話をする前に、年を取ることについて考えてみたいと思います。

人間が年を取る、つまり老化するって、一体どういうことなんでしょうか。

細胞が老化すること?細胞の復活回数を示すテロメアが短くなること?考えが年を取ったり、見た目がしわくちゃになること?

たぶん全部ただしいと思います。

この中で着目したいなぁと僕が思うのは、すべて「変化を示している」ということです。

元の細胞の状態から活動劣化を示す細胞の状態に「変化」したり、つやつやの肌の状態からしわくちゃの肌へ「変化」したりすることですね。

でもこれって、前の状態を知らなかったら気がつきませんよね。

初対面の人に向かって「あなた老化してるわね」なんて言わないですよね。これは老化する前を知らないからです。

なので、老化とは、前の状態を知った上で「変化」したことだと言えると思います。

それともう一つ注目したいのが、人によって老化を感じるレベルは違うということです。

よく芸能人劣化なんてゲスいニュース記事が流れてきますけど、別に劣化や老けたなーって思わない人もいます。

その人なりの「これぐらいしわ増えたら老化って思うなぁ」とか、そういう基準がまずあって、成り立っているわけですね。

例えば、カブトムシの老化基準を知っている人は少ないと思うので、若いカブトムシもおじいちゃんカブトムシも、どっちもただのカブトムシにしか見えません。

でも虫博士とか、わかる人にはわかるんですね。

「あっ、このカブトムシ老けてる!」とか思うわけです。

なので、老化かどうかはその人の基準次第ということ、つまり「主観的」であるということです。

この「主観+変化」が、老化判断の本質的な部分の一つではないかなと思います。

そして、ここで着目してほしいのが、

主観的変化は自在に動かせる

ということなんです。(いよいよ本題に入ってきました。)

まず主観についてなんですが、これは人によって全然違いますよね。

先のカブトムシの例で言っても、虫博士と普通の人では、老化(変化)を感じたり感じなかったりするわけです。

もしあなたがカブトムシ知識がなかったとして、今からカブトムシの本を読んで勉強したとしたら、明日から「あっ、このカブトムシ老けてる!」とか気がつきます。(カブトムシ博士の誕生です)

これはつまり、知識を手に入れて別の主観が出来たからこそ、そこに老化(変化)が生まれたということです。

もともとの主観と別の主観、これは認識システムの違いと言ったほうがいいかもしれませんが、カブトムシ知識のない自分とある自分は、まったく別の認識システムを持っているのですね。

本を読んだり別の誰かをシミュレートしたり視点を動かすことで、主観は自在に動かせるんです。

そして、変化について。

変化って、対象Aがなんらか違う状態になった時のことを言います。

若いカブトムシとおじいちゃんカブトムシも、同じカブトムシという対象を観察しているから分かるわけです。

で、この対象というのは、ゲシュタルトなんですね。

カブトムシだって、細かく見ていけば細胞のかたまりとして見ることも出来ます。

素粒子として見れば、カブトムシのいる虫かご、食べるえさ、置いてある机、見ている自分すら同じ素粒子です。

若い→おじいちゃんまで、素粒子が素粒子になっているだけなので、本質的には変化していません。

それを「カブトムシ」という一つのまとまり(ゲシュタルト)として観察して初めて「変化」が生まれるわけなんです。

なので変化=ゲシュタルトありきの観察と考えることが出来ますが、先の細胞のかたまりや素粒子のように、ゲシュタルトサイズを変えることも可能です。

すると、変化への認識は無効化されてしまいます。

ここまでで、主観も変化も、自在に変えられるとお話してきました。

それで、本当の本題、「人間は年を取らない」という話に入っていきます。

これはつまり、

人間は年を取らない(変化しない)というゲシュタルトに主観を動かそう

ということなんです。

「不老不死のヴァンパイアに自己洗脳する」みたいな話ではなくて、主観を動かしたら、本質的に人は年を取らないということを発見できるという意味です。

さっき少し、こう書きましたが、

若い→おじいちゃんまで、素粒子が素粒子になっているだけなので、本質的には変化していません。

まさにこういうことで、僕たちは本質的に素粒子で、何も変化していないのに、「人間は年を取るものだ」「若いころと今の自分は違うんだ」みたいな価値観が脳にインストールされているわけです。

あくまで人間や自分というゲシュタルトサイズの中で、若いころと今を比較したり、あるいは「人間は年を取るのが普通」という常識的な観念が自然と身についているので、「もう年取ったな、若いころのようにはいかんな」とか思ってしまうわけですね。

例えばイチロー選手とか、僕はまだまだ全然レギュラーで出場できると思うんです。

でもなぜ成績を落としたか?レギュラーで出ることが出来ないのか?

それは周囲の「この年齢の選手は代打でしか出せないだろう」という常識の方程式が、メジャーリーグの場(フィールド)を支配しているので、その常識的観念によってイチロー選手の能力が定義されて、無意識的にイチロー選手もその影響を受けてしまっているのではないかと真面目に考えてます。

「お前なんか絶対に無理でしょ」「夢が叶うわけないじゃん」と毎日言われ続けた子供は、夢を信じられず、もちろん叶えられない体質に育ちます。

それと似たようなことが起こっていると考えているんです(ただし、イチロー選手は信念が強固なので、まだあれだけやれていると思っています)。

なので僕の考えは、まず「僕たちは素粒子である」という主観にポジションを変化させることで、年を取ろうが取るまいが同じ素粒子、本質的に「人は年を取らない」事実を発見できると思います。

(「人は」とつけている分、完全なゲシュタルト破壊ではないけれど、ずいぶん認識が変わってくるはずです。)

くわえて、もう一つ、人は年を取らない理由があります。

それは時間は存在しないということです。

時間は存在しないで検索すると、ブロック宇宙論とか、スポットライト理論とか出てきます。

また、仏教の刹那とか、脳はリアルタイムに現実を再構成しているなどの話もありますが、今日僕が書きたいのは、アインシュタインの「時空連続体」という話です。

僕は数学をやらないので、数式で詳しく説明はできないんですが、かんたんに言うと「数式上では、現在・過去・未来は同時に存在するよ」「xyz+時間の要素をもった4次元時空として数式で書けるよ」みたいな話です。

4次元時空の中に、過去現在未来のあらゆる存在がぜーんぶありますよってことですね。

じゃあ、この4次元時空に主観を移動してしまったらどうでしょう?

さっきの素粒子がミクロ的なゲシュタルト移動なら、今度は思いっきりマクロにして、「4次元時空に存在する自分」というゲシュタルトに移動してみるのです。

4次元時空の自分というポジションから見下ろしてみれば、過去も現在も未来も、全部の自分がそこにありますよね。

すべての自分が同時にそこに存在しているのなら、変化の差分を取ることも出来ないです。

つまり、年を取らないんですよね。何も動いてないからです。

もっというと、時間をあわせた4次元時空を近似的に3次元で置き換えることが出来るなら、僕たちが生きているぐらいのサイズであれば3次元としてとらえられる(=時間をほぼ無効化している)と考えることも出来ますし、

そもそも時間=4次元目(4方向目)という定義自体、あくまでそうした方が現象を説明しやすいというだけの話なので、もしかしたら本当の4方向目って僕たちには見えていないかもしれません。

マンガの中の人が、高さの概念を知っていても高さの存在を実感できないように、もしかすると4次元もそれ以上も、僕たちは概念を知っているだけで実感できていないもの(=実感できる時間は4次元ではない)なんて考えることもできるわけです。

なので、あくまで3次元に帰結する空間に僕たちは生きていて、実は時間なんて存在しないかもしれないのです。

(あと、パシャっと写真を撮ったら僕たちも2次元になります。ホログラム理論とかよく分かりません。)

……すみません、何でもありになってきたのでまとめに入ります。

人間は年を取らない:老化対策ロジックまとめ

結論として、「人間は年を取らないゲシュタルトポジションを取ろう!」ということになります。

「私たちは素粒子で何も変化していないんだよ」とか、「4次元時空で考えれば過去現在未来は同時に存在しているから、時間なんて無効化できるよ、全部一緒の自分じゃん」とか、そういう認識に立つことで、人は本質的に年を取らないという視点に立つこともできます。

それで、あくまで副次的な話になるけれど、「人は年を取らない」って視点に立つことができて、それが潜在意識に焼きつけば、間違いなく5年後・10年後の年の取り方って変わってくると思うんですね。

もちろん個人差や食生活みたいな身近な話もあるので完全に老化しないなんて言えないですけど、時間の概念は無効化できると知っていれば、「俺ももう年だしなー」なんて常識的観念のフィールドからの影響はほとんど受けなくなるはずです。

それが本質的な老化対策のロジックだよ、ということで、今日の話を締めたいと思います。(3時間ぐらい書いてしまった)

LRでした。おやすみなさい。

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.