音楽と芸術のハザマで昔からよく悩んでました

こんにちは、おやすみなさい。
LRです。

昔からなんですけど、よく音楽と芸術のはざまで悩んでました。(今はそんなだけど)

すごくわかりやすくいうと、「デザイナーか画家か」という話で、需要にこたえて作品を作るのか、内的欲求にこたえて作品を作るのか、といったことですよね。

「仕事で絵をかけると思ってデザイナーになったけどダメだった」みたいな話はけっこうあって、逆に「絵が大好きで画家になろうとしたけど耐えきれなくなってデザイナーになった」みたいなパターンもあると思います。

僕も、音楽の次に好きな、言葉を書く仕事をしているけれど、それは二番目に好きなことだからできたことであって、たぶん作曲やミュージシャンのお仕事は、積極的にはやりたくないものだと思うんですよね。

あくまで自分の作りたいものとマッチしているものが来たらやりたい、そんな感じです。

それで、「音楽と芸術の境界線ってどこにあるの?」ってふっと思ったので、そんな話をしてみたいと思います。

音楽はそもそも画家的な芸術なのか?

僕にとって「こうありたい」的な音楽家って、創作に没頭する画家みたいなもので、ひたすら描きたい欲求に従って、創作をつづけている人です。

その辺の立場感が、昔のバンドマン時代はあまりよくわからなくって、「音楽だけしてる人生でいたい!」って思いながら、バンドで頑張ったらなんとなくそうなれるんだろう、って、バンドをしていました。

その意味では、音楽はしていたけど、戦略的にバンドをしていたわけじゃないかもしれません。

一つ象徴的な出来事があって、あるイベントに、なんかちょっとえらい社長さんみたいな人が来たんです。

それでイベントの主催者の方に「ほら、CDもってって挨拶しなきゃ!」って言われて、その時なんでか「えー」って思っちゃったんですよね。

今思えば、ほんと世渡り下手だなーって笑っちゃうんですけど、なんか作品や創作意欲に頭下げてるみたいで、いやだったんだと思います。ひねくれてますね。

それって職業音楽人なら、ニコーって笑って、素直に抵抗感もなく、挨拶や宣伝しにいく人が多いと思うんです。
それがどうも苦手だったってことは、やっぱりデザイナーではなくて、画家でありたいなって、当時の僕は考えていたはずです。

で、そういった画家とデザイナーの軸で考えた時、音楽家はどちら側にいるんだろうって思います。
もちろん、画家さんが挿絵のお仕事をするように、2つの側面は連続的につながっていると踏まえてですけどね。

例えば、バンドでメジャーデビュー!は、商業音楽界に出ていくわけなので、かなりデザイナーさん寄りになるのかなと思います。

よくライブハウスでゴリゴリ音楽やってた人たちが、デビューしたらポップになったみたいな話は、たぶんマーケティング、需要にあわせて商品つくる的な視点が入っているわけですよね。

逆にアングラな感じであんまり表に出ない人は、自分のやりたいことを採算度外視でやっている人が多いのかなと思います。

ありのまま、自分のやりたいことは崩さずに、その上で売れたらいっかとか、売れるとか考えたことないやとか、そういうタイプですよね。

もっと昔に行くと、クラシックの音楽家たちはすごく芸術的な要素が入ったものを作っていると僕は思うけど、厳密には商業音楽に近いものじゃないかなと思います。オペラの音楽とか、貴族から求められた音楽とかだし。

でも今のスタンダードな商業音楽と何が違うかというと、主要なお客さんがパトロンになるようなお金持ちたちで、趣味にかける時間もお金も余裕があるものだから、かんたんにいうと耳が肥えまくってるんですよね。

もちろん、今のお客さんが耳が肥えていないというわけじゃなくて、肥えている人は本当に肥えていると思うけど、その本当に肥えてる人たちがめちゃくちゃ大量にいたのが、クラシック音楽の時代だと思います。(肥えてるっていいすぎて太りそうです)

だから、要求レベルも非常に高くって、才能あふれたクラシック音楽家たちも、必死に曲を作らないといけない。
そんな厳しいプロレベルの環境の中で、ああいった時代を作るぐらいの曲たちが生まれたのかなあとか。

その意味では、外からの『作れ!っていう強烈な声』があったからこそ、できたのかなと思います。

そして画家さんの場合、この声が、内側からの場合が多かったのかなと思いますね。

ゴッホとか生前数枚しか絵が売れなかったみたいだけど、なんで描いてたんだろうと思うと、作らないと、精神的に生きていけなかったのかもしれません。

その気持ちはすごいわかるといったら変かもしれないけど、創作にだけ、本当に自分を支えてくれるリアリティが存在するというか。

ジャクソンポロックの晩年の絵は、芸術的なクオリティが高いとは思えないけれど、自身の精神構造をそのまま抽象化して絵にしたんだなあ、みたいな感じがすごいします。
なんでもそうですけど、孤独で不安を深めている時、人は自分の輪郭を知りたがるものです。

で、話が少しそれてしまったけど、音楽が画家的な芸術かっていうと、やっぱり現段階では、違うものなんだろうなあと思います。

絵画は特定の権威者が評価することで大きく広まるイメージがあるけれど、音楽はライブやコンサートが表現の最高峰的な位置づけにある以上、たくさんの人にきいてもらわなければならない=外からの声にこたえなければならないからです。

そういった部分にあまりなじめないタイプの人は、なにか舞踏みたいなのと組み合わせたり、映像芸術と一緒にやってみたり、いろんなことを試して、より芸術的なくくりへよっていくのかなと思いました。

もちろん理想をいえば、どちらも包摂した音楽がとても良いのかもしれません。
そんな音楽を、僕もやっていきたいなって、いつも思います。(なんでそう思うのかはわからないけれど)

LRでした。
おやすみなさい。

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