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2017-11-19

未来も過去も座標:時間の概念は同質

こんにちは。おやすみなさい。
LRです。

こないだこんな記事を書きました。

人間は年を取らない:老化対策ロジック

上の記事の中ですこしお話したんですが、時間を4次元目と仮定した時に、未来も過去も現在も、みんな同時に存在しているんですよね。

4次元時空の自分というポジションから見下ろしてみれば、過去も現在も未来も、全部の自分がそこにありますよね。
すべての自分が同時にそこに存在しているのなら、変化の差分を取ることも出来ないです。

今日はそのあたりを、もう少し詳しく書いていきたいなーと思います。

時間の概念がすべて同質だと知れば、いろいろな変化に心が強くなると思うので、良かったら読んでみてください。

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現在地+時間の4次元をどう考えるか。

まず、4次元とは何かについて、深く見ていきたいなと思うんです。

3次元っていうと、空間ってことになりますよね。

『空間=たて・よこ・たかさ』

xyzの座標で表すことができます。

人間って空飛ばないですから、あんまり高さ座標使わないので、z軸はそんなに必要はないですけど、空間における位置という意味ではxyzです。

また、共感覚的にとらえると、何かに対する習熟度も、xyzでとらえることが可能です。

わかりやすい例でいうと、『政治に対する理解』がテーマの場合は、右派と左派への理解がx軸、知識の深さがy軸、xyで決まった一点の上空に広がる人間関係ネットワークがz軸といった具合です。

別に3次元座標でとらえる必要もないのですが、こうして置き換えてみると現在地がわかりやすくなるという点では、

「人間に空間把握能力が身についている=3次元の生き物である」

なんて言えるひとつの証拠なのかもしれません。

話がそれましたが、3次元がたてよこたかさ。

4次元は、ここにもう一つ軸が足された概念であって、4つ目に時間を足してみたっていうのが4次元ですね。

で、4次元をまた座標で考えると、xyztという話になります。

『xyzt=たて・よこ・たかさ・じかん』

『自宅マンションの○階、夜中3時15分』ということであれば、今いる位置に加え時間が指定されるので、4次元的なとらえかたになります。

つまり、現在地+時間の4次元というのは、座標の一つとして考えられるわけです。

時空座標は状態ではない

ただ、ここで一つ考えてみてほしいのが、「4次元座標は状態を表していない」ってことなんですね。

さっきの例で言えば、

『自宅マンションの○階、夜中3時15分』

これは今の僕のことを表現しているのですが、残念ながら何をしているか、どのような状態までかは記述されていません。

実際は、あなたが今お読みになっているこのブログを書いているわけですが、『自宅マンションの○階、夜中3時15分にブログを書く僕』とは書いてないわけです。

じゃあ、もう一個変数加えればいいのでは?って思うかもしれないけど、何の変数を加えるの?となって、男女とか年齢とか書くとか歌うとか、とにかく膨大な話になってきますし、

現在は『4次元時空の中で様々な活動をしている』という認識なので、(ここでは)4次元時空が1段階上の概念として不可侵であると考えてほしいんですね。

その上で、4次元時空の座標には、どんな状態か記されていないんです。

これってなぜなんでしょうか?それは、

状態は主観(差分)であって、絶対的には存在しない

ということです。

年齢は生まれた年と現在の年齢の差分を取って比較しているわけですし、体調がわるい時は、良い時や平常時の自分と比べているわけですよね。

つまり、状態は主観が作りだした差分であって、4次元時空それ自体には、状態という概念はないということです。

さらに、私たちの現在地を座標として考えるのなら、あることも分かってきます。

座標に優劣はない

ということです。

例えばxy平面に点Aと点Bがあるとして、

「うわーお前Bだからへぼい!」

なんて話はないわけですね。点Aも点Bも何の色もありません。

高速に動く点Cとランダムな動きをする点Dがあったとしても、どっちもおんなじただの点になります。

強いていうなら、ゴールという基準をもうければ、ゴールに到達するスピードで優劣がつきますが、その優劣にしたって、『1位=優、2位=劣』という定義があって初めて成立するわけです。

劣が優に勝る状況もありますし、それは定義次第です。

基準や定義なしの座標そのものに対して、優劣はない、つまり、

『座標は同質の存在である』

ということですよね。

そして、座標が同質であるということは、

過去も現在も未来も、ただの一点として同質である

ということです。

僕たちは、過去、未来、そして現在にそれぞれ特別な意味を与えてしまいがちですけど、そんなことはなく全て座標の一点です。

小学校の時の自分も、社会人の自分、年取って隠居してる自分も、すごく変化して、いろんな思い出や経験がつまっていると思いますが、

本質的には全く同じ存在で、あくまで主観的に状態を記しています。

……と、ここまでが概念の話です。

それだけで終わってしまうと少々つまらないので、実用的な話をしておくと、

時間が同質であると知っておくと、「過去や未来に特別な意味を持たせる必要はないんだ」ということが分かってくるんですよね。

たとえば、発達やトラウマについて。

フロイトのエディプスコンプレックスの話とか、過去のトラウマの話とか、昔の心理的事件が現在に影響を及ぼすという話はたくさんあります。

トラウマとは何か:僕の体験
トラウマの克服法:僕のやった方法

「過去が現在や未来に影響を与える」というのは、一つの見方として正しいと僕は思っています。

それでも、過去と現在が絶対的には同質である(状態はない)ということを知っておけば、「今の状態(自分への認識)は、現在と過去の差分を取って、自らの主観が生み出しているんだ。だから自分の思うままに帰ら得るものなんだ。」という風に解釈できるわけです。

そう考えると、どうしても逃れられないと認識していた過去が、少し軽くなる気がしませんか?

同じように未来に対しても、現在と同質のもので、未来を生み出していくのもまた主観なので、コントロール可能だということです。

「未来と過去に同じ解釈を適用するのは違うんじゃないの?」と思うかもしれませんが、4次元時空座標=時間を4方向目の軸としてとらえているため、ただプラスとマイナスが変わっただけに過ぎません。

過去も未来も同じようにとらえられます。

その上で、未来の自分と現在の自分が同質だと知っていれば、

「夢を叶えた未来の自分と、今の自分は絶対的に同じ存在であるから、今はこんな私でも、夢を叶えられるんだ(因果関係はないんだ)」

みたいに解釈だってできます。

未来のことを考える時にやってしまいがちなのは「私はこんなだ、だから絶対できっこないんだ、夢は叶わないんだ」なんてセルフトークをしてしまうことですね。

でも、未来も現在も同質の座標なので、比べても仕方ないです。

だから、そのあたりの因果を無くしていく、ゆるくしていくことで、過去や未来にとらわれることが無くなっていくという意味で、『時間は同質である』という概念が実用的になっていくのではと思います。

未来も過去も座標:時間の概念は同質まとめ

未来も過去も、あと現在も4次元時空の座標としてとらえられます。

そして、座標というのは点Aも点Bも全部同質です。

僕たちの存在は、どの一点でも絶対的に同質なので、過去や未来にとらわれすぎる必要はありません。

といった感じでこの記事は終わりです!

LRでした。おやすみなさい。

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