電池切れぎみの毎日をありのまま正直に生きたいけれど

こんにちはおやすみなさいLRです。

ここ数日ほんと電池切れぎみです。
季節の変わり目ということもあってか、ふっと緊張の糸が切れた感じです。

「なんで緊張の糸が切れたんだろう」

って、考えてました。

たぶん今までよりも、もっと自分に正直になっていってるからだと思います。

あなたは自分に正直に生きてますか?

僕は「生きてるー!」って言いたいけど、100%では全然ないです。

それでもともと白黒思考なところがあるので、30%がウソだと、100%ウソのように感じてしまう時もあります。

でもまあ、100%正直な人もレアかなーって思います。どんな統計でも極端な人はレアな気がします。

ただ僕は理想主義者なので、どうせなら100%正直な人生を追い求めたいなって、いつも思っています。

「ありのままでいいじゃん」

って思います。

寝たい時に寝ればいいし、起きたい時に起きればいいし、食べたい時に食べればいいのです。

そもそも人間である前に動物なんですから、そういう側面があってもいいと思います。
なんで「私たちは人間なんだー、特別なんだー」って、肩肘はって生きていく必要があるのでしょう。

てきとーだっていいし、厳格な人生が好きなら厳格を目指せばいいし。

大切なのは、ありのままを認められる社会だって、いつも思います。

僕はこれを「ありのまま関数」って呼んでいるけれど、
ありのまま幸せな状態をつくりだす『f(x)』に、『僕』という絶対値を当てはめたなら、『僕のありのまま』が出てきます。

それは例えば、音楽好きであったり、曲や詩を書いたり、ブログを書いたりする僕のこと。

この関数に、『ボルボックスを愛してる研究者やまだくん』を入れたら、一日中ボルボックスを愛でている、やまだくんのありのままが出てきます。

もちろん、あなたを入れ込んだら、あなたのありのままが出てきます。

重要なのは、特定の絶対値を理想像として示すんじゃなくて、相対的なf(x)を許容できる社会です。
なぜなら世界は相対的に出来ていて、相対パスで指定したほうが自然だから。

だから、

理想の人物像なんてとんでもない!

それは絶対値だからです。

どこかの誰かが考えた基準なんて、参考程度に聞き流しておけばいいのです。

そう僕は考えているから、自分に正直になりきれない社会って、もどかしいなって思います。

今でもそれなりに正直に生きてはいるけど、もっともっと肩肘はらずに、自由に生きていけるようになりたいなあと。

この電池きれぎみ状態がどうやって解消するかわからないけれど、今後もこうやって、正直にブログも書いていきたいなって思います。

LRでした、おやすみなさい。

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