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2018-01-25

蝶とアンモニウム:きれいときたない

こんにちは。おやすみなさい。
LRです。

このブログは、思ったこともそれなりに、そのまま書こうと思っているので書くけれども、

今日は何だか気乗りがしなくって、このブログもまた削除したくなってしまったので、
「なぜだろう?」って、瞑想もどきをしながら正体を探っていて、気がついたことがあったので書きます。

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蝶とアンモニウム

一体何が引っかかってるのかな、何が行動を止まらせてるんだろうって、瞑想もどきをしててパッと見えたのが、

蝶とアンモニウム

でした。

それで、それが何の形象なんだろうと思いを巡らせてみると、たぶん、心の底の方にあるトゲのある部分(きたない部分)と、それを補おうとしてるきれいな部分の形象なのだと思います。

僕は5年ぐらい前までなかなか毒舌で、それは今は反省しているのだけど、白黒つけたいタイプでした。

その毒舌の元が何かといったら、おそらく親の影響が表面化したものであって、その影響はヘドロのように、未だに心の底にたまっています。

ただ、そういう自分を見ていても、特に今は気持ちの良いものじゃないし『ヘドロの上にマンホールをして』下水道と路上みたいに分けています。

それで、どうも年初あたりから、白色になぜか惹かれていて。

これまでなかったことなのだけども、よりきれいな方に行きたいという心のあらわれなのかもと思います。

『ヘドロの上のマンホール』の上に、もっかいコンクリートをしいて、土でも敷いて、アサガオと雑草でも育てて、川でも流して。

そんな希望を潜在的に抱えているうちに、きれいときたないの対比がハッキリして、蝶とアンモニウムになったのかなあと思います。

有害物質の上で蝶はそだつのか

で、たぶんアンモニウムは完全に金属のフタとコンクリートの下なので、消えないんだけど、じゃあアンモニウムの上で蝶は育つのかな?とも思いました。

アンモニウムが有害物質かという話はさておき、きたないという意味で有害物質だとすると、その有害物質の上で蝶は育つのかな?って考えてます。

豊洲市場の地下にはいろいろ眠ってるらしいけれど、たぶん分厚いコンクリートとかで覆ったら、とりあえず食べられるマグロは売れるだろうし、
長野の山から持ってきたキレイな土を分厚くしいてあげて、肥料でもまけば、健康的な栄養満点のレタスが食べられるのかもしれません。

でもどちらも、北陸でとったマグロやもともとある土で育ったレタスには負ける気もするし、
そういう意味では、僕の夢見ているものは、ペットショップで育った蝶ではなくて、田舎で育った蝶なのかもと思いました。

だから実現できなくて、壊したくなってしまうのだなあと思います。

でも、

理想は極限まで追いたい

って、いつも思います。

たとえば音楽でも、自分が作りたいものを作るのが第一義で、有名になるために共感を使いたくはないし。

実現したい生き方があるから、目の前にニンジンをぶら下げられても、生き方とズレてたら食いつかないし、
真理探究の面でいえば、もっと先、もっと先を見たいから、仏教の空の先を僕は見たいです。

同じように、有害物質の上に最高の蝶を誕生させたいのなら、その希望を追うべきだなって思います。

だから、ブログは消さないけれど、遠回りであっても何かしら続けながら、極限まで追っていきたいなぁと。

LRでした。おやすみなさい。

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