僕がバンドなど音楽活動を表立って5年以上できなくなった理由

LRででです。

もうすぐ誕生日(4/8)なのですが、最近忙しすぎて全然誕生日感がありません。

8日は極力予定も入れず仕事もシャットダウンしようと思うけど、どうもそうもいかないような気がしています。

まあ1年に2-3回あるかどうかの忙しさなので良いんですが、せっかくの誕生日の楽しさが薄まってしまうので、むかつくので5月6月はいっぱい遊ぶのと、仕事をやめようと思います。(ほんとに出来るかはしらない)

それで、誕生日が近くてこれまでを少し振り返っていたのだけど、もう5年ぐらいバンドしてないんだなあと思って。2013年の途中にやめたと思うのでそれぐらいです。たぶん。

そのあたりを振り返ってみて、僕がそこからずっとバンドやソロなど、表立っての音楽活動をできなくなった理由と、少し考えてみたいと思います。

バンドができなくなった経緯

そもそもなんでバンドが出来なくなったかというと、ドラマーさんが辞めてしまったからです。

当時やっていたバンドは3ピースで、僕がギターボーカルで、ベースとドラムがいたんですが、ベーシストさんは「LRさんとやりたい」って進んで言ってきてくれて、ドラマーさんは大学の後輩だったので、根本的な人間関係はそれなりにしっかりしてたと思います。

ただ、バンドってお金もかかるし、僕も元々ソロでライブしてて、つくる曲もクセがあったので、やっぱり月に何回もライブしてると、ズレや衝突って出てきてしまうんですよね。

そんなこんなでドラマーさんが辞め、ゆるやかにドラマー探すも見つからず、そのまま解体状態になっているわけです。

音楽活動を表立ってしなくなった

それで、そのままズルズルと、表立っての音楽活動をしなくなってしまいました。

家では曲も作るしギターも弾くし、一応バンドキャンプサウンドクラウドも持っていて、自分なりの目的意識を持って音楽をやっています。(瞑想しながら録音したらどうなるか実験してみたり)

あとボイトレももう1年を超えて、現役バリバリの先生に習っていることもあって、歌も上手くなったかなーって感じはあります。以前よりだいぶラクに歌えるようになりました。家では声がそんなに出せないので、録音にはあまり活かせてないけど。

もっと言えば、バンドはめっちゃやりたいんです。それはずっとあります。

自分の芸術的な部分の追求はソロや詩で出来ることがわかったので、それとは別に、ただ楽しむとかエンタメとか、集団での音楽とか、そういう面でのバンドはとてもやりたいんですよね。できればギタボでやりたい。

だから、音楽活動への欲求は、今でも十分にあるんです。

それがなぜズルズル5年も表立った音楽活動が出来なくなったかと言えば、

「人間関係に疲れてしまった」

という感情が、いまだに大きな部分を占めています。

バンド内もそうだし、ソロバンド問わず、ライブハウスの方とのやり取りもそうだし、
みんなもちろん良い人ばかりなんだけど、そもそもの僕のコミュニケーション能力というか、メンタル体力が足りてない気がします。

「音楽はしたいけど、諸々のやり取りは疲れちゃう」という部分が、たぶん本音です。打ち上げ飲みでうぇーいってやれる人は本当につよい。

そう考えると、僕はどこ行っても同じなんだろうなあって思ったりします笑

前も人間関係についての記事を書いたけど、

人間関係から完全に逃れる生き方はできるのか考えてみる

どんな業界であっても、現実に実装される際は、どうしても人間の営みの中で形になってゆくものですよね。

芸術や真理探求は抽象論であって、それが具体として形になる時は、どうしても人のコミュニティの関係性の中で、伝わったり評価されたりしてゆきます。

その実装の部分でつまづいているので、「本当はライブもいっぱいしたいしバンドもやりたいけれど、何だか難しいなあ」と感じている現在です。

うーん、なんだろ。仲間がいればいいと思うんですが、それも人間関係ですね。
あと時間的余裕をもっと増やす必要がある気がします。やっぱ仕事やめよう。

LRでした、おやすみなさい。

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